棟梁 橋本孝一の想い

職人としてのこだわりを徒然なるままに記しました。

際(きわ)と間(ま)
はしもと住宅店の考える住福祉の家とは…。

イメージ住福祉を考えるには、人生を家族と一緒に暮らし過ごしたい、安心して暮らせる、そして自分の家で終篤を迎えたいと願うのは私共だけでしょうか。生きがいのある老後を送るためには、バリアフリーはもちろんのこと、転んでも怪我のないような素材選びからはじめなければなりません。家の中での暮らしだけでなく、外部(庭を含む)での軽作業、家庭菜園を楽しく感じる暮らし方を日頃から身に付けることも大事なことです。植物の成長、鳥のさえずり、風の通る音等、身体で感じる暮らし、道行く人との挨拶や会話(世間立ち話)、それは生きていることに幸せを感じる一齣なのです。

イメージ今日もありがとうと日々感謝し乍ら楽しく人生を送りたいものです。家にいる時間を家族と共に、又は自分流に有意義に使うことも必要だと思います。例えば、庭づくり(庭の手入れ)、サンルームでのティータイムや日向ぼっこ、音楽、動物を通じての家族の絆、笑いが絶えない家庭でありたいと願うことにも努力を積み重ねていきたいものです。老後に備えて自分のことは日頃から自分でする習慣を身につけておくことが、いざという時に役立ちます。

イメージ住まうことは生き方の表れでもあるのです。前にも書きましたが、願う努力をすることは、即ち、努力とは志を持つことであり、志すことには、人は必ず死があることを悟り、今を大事に生きることだと道元禅師は説いています。住まいを建てる前に考え、まとめておくことは常に言われている一般的なことですが、機能的で安全、そして衛生的であるべき水廻りをどう計画し造るかが、ずっと長く住み続けるためには重要不可欠なことです。自分で自由に操作ができる機能的な配置計画、火災・地震等の災害対策も含めての安全をどの様にして保つか、これは幼児から障害者、老人も含めた対策が欲しいものです。日常生活での水廻りをどう計画するのか、又、掃除片付けの衛生面も考えなくてはいけません。
そこに潜んでいる、表現を変えれば住みやすいカビの問題、そして結露対策やダニ対策、人体に悪影響を及ぼすことを含えた衛生とはをしっかりと計画すること。自分だけの時間を無駄なく過ごせる場の確保も忘れてなりません。健康を維持していく上でも、又、プライバシーを保つ上でも重要なことです。
イメージ話は関連しますが、家族と自分の間を大事にする(バランスを保つ、近すぎず、離れ過ぎない)こと、これはお互いに人格を認め合うことに繋がることでもあるし、円満な家庭環境をつくり、保つことが出来る基本だともいえます。次に設備について、設備の維持管理(メンテナンス)を考えるに、誰がするのか、自分ですることもあるでしょうし、工務店にお願いすることもあるでしょう。建物を含めたメンテナンスは身近な地域の技能者を抱えた工務店を選ぶことなのだと思います。メーカーや外注に全てを任す施工会社は対応が速やかではないし、ハウスドクターとしては考えものだと思うのは私だけでしょうか。視点を変えて建物を視るとき、医は人術と同じく、住も人術なのです。
最後に地域と住まいを考えるとき、景観は、そして暮らしは、地域と家庭の結び付き、それと家族との絆…隣近所に視点を置くとき、最も大切にしなければならないのは、際の整備と間の空間をどの様に活かすかを考えると、京都の祇園、先斗町、伏見の町家、東京の佃島の路地、渋谷宇多川の路地、福島県会津の大内宿の家並、奈良県大宇陀の街並等、数えればきりが無い程、先人達が残してくれた町並があります。
イメージその路地で遊ぶ子供たち、それを見守るお年寄り達、ちょっと前まであった原風景、今はどこへ行ったのでしょうか。私達大人が利便性だとか、機能的だとか無理に無駄を省いた結果なのか、それを見栄や世間体ばかりに気を取られ過ぎてきた結果なのかは、一概に決めつける訳にはいきませんが、無駄なことにも良い無駄があることに気付くことも大事なことなのです。建物にも間と際の空間等、沢山の無駄があります。この無駄のお陰で人々は陰翳を感じ心が癒されているのだと思います。無駄の拘りも地域を考えた時には、非常に大切なことなのです。大都市や地方都市それと町、村の社会を一色単にしないためにも地域の魅力とは何かを考えてみましょう。庭先の緑、そして休日には家庭菜園を家族と一緒に耕し、収穫する楽しさ、そんな家庭を築くことが唯一私達にできる地域づくりではないでしょうか。
その地域に住まうとは何が大事かを考えた時、住福祉の家がぼんやりと脳裏に浮かんでくるのではないでしょうか。
全国に残された素晴らしい路地や家並み、そして町並、それを造ってきた人々、住み手と造り手が一緒になって造り上げてきた結果が今も場(空間領域)に溶け込んで住人達に大切にされ、使われて来ているのです。
私達もそれに負けない努力をすること、それには先ず視ることから始め、良い物や良いことは真似てみる、工夫する、結果としてそれが自分流になり、地域に根差した拘りとしての風景の一齣となり、地域の住人達に使用されて行くことが望ましいことだと思います。


東北SCマイスタークラブ設立
はしもと住宅店の考える東北SCマイスターグラブとは…。

2005年5月10日東北SCマイスタークラブが設立しました。東北6県で8社が6ヶ月間SCの理念、原理、原則、を物理的に学びました。東北地方、そして、各々が自分達の地区に根差した建築を自分達で身近なところから提案して、地域文化の向上に寄与して行く事が、マイスタークラブとしての役割であると思っております。「住福祉の家」を施主様と一対になって築いていく事が、地域社会への貢献でもあると考えております。
「住福祉の家」が私共の理念である「いつまでも快適に暮らせる住まいづくり」を推進してゆく事だと思っております。
住福祉の知識と技術をもって快適な暮らしへの実現に努力してまいります。


住福祉元年
地域の工務店の力量が問われるとき…。

団塊の世代が、定年を迎える時代に入り、私どもの地域の工務店の力量が問われる時がきました。SCマイスタークラブで学んだ住福祉や長年養ってきた技能を活かし、地場材を活用することによるスローライフでの仕事の取り組み、施主と共に家造りを楽しむ、ハウスメーカーとの差別化を明確にした、地域循環型の住まい造りを行なう事が地場工務店の仕事と考えております。
地域の歴史や文化を、仕事を通して100年、150年へと伝えることができるのです。
今後は、その役割をしっかりと行なっていくために本年を『住福祉元年』と位置づけ、地域へ貢献して参ります。一棟一心、新たな気持ちで…。


最近の「失敗しない家づくり」成功の鍵は…
「家は3軒建てないと、満足出来る家造りが出来ない」…本当?!

家は三軒建てないと満足出来る家造りが出来ない」と、昔から良く言われて来たが最近、あまり聞かなくなったのは、私だけだろうか。家づくりか、家を買うか、どちらも自分の希望に少しでも近い(満足出来る)物を選ぶことが出来る様になって来たからなのかは、一概に決め付けることは出来ないのだが、最近は展示場等で、見て、聞いて、体感できる。自分の考えていることをわかりやすく伝える事ができ、造ることが可能になったからなのだろう。
家を求めるために大切なことは、昔も今も基本的に変ることはないと思うが、そうとも言えない部分もあり、賛否両論であろう。
造ることと、買うことは同じように思えても同じでない事がある。
家を造るということは※未完成から完成へと長い年月を経て変化していくことだと考えられる。そこには人々の暮らしの中で家族の絆や子供達を含めた諸々の変化(成長)の物語(ドラマ)がある。その時代、時代に合った暮らし方に対応出来る未完成の家が、住む人によって変化し、安らぎや満足を与えることが出来き、その事が結果として失敗しない家づくりに繋がり、三軒も建てなくても満足出来る家になるのではないだろうか。その時代の暮らしに対応し、手当てをした家は使い勝手も良く、重厚を増し歴史を感じ、地域に溶け込み、人々に安心感をもたらす。その家で暮らしてる人達、家族のにこやかな笑顔が隣近所(向い三軒、両隣)に活力を与える源となり、代々住むことが出来る家として完成するのである。最初から完成された家を買うそれは買う段階の時はそれで満足する。しかし、子供の成長、親の介護などの変化にどう対応していくのか。家を求める時点では希望通り満足(ある程度)して求めた家が5年、10年と住んでいるうちに変化に対応することが難しく、我慢をするようになる。買った時は良かった(満足)が、後には不満(ストレス)が充満した家になり、その結果20年、25年での建替えは資源の無駄使いになる。
話は戻るが、家を「造る」と「買う」は良く考えてみれば、違いは明白である。一時の満足が結果としては環境破壊、地球温暖化に寄与していた…なんていうことにならないように、皆で気を付けたいものである。

※未完成の家
人の成長変化へ対応しやすいこと。親から子へそして孫、曾孫まで受け継いで行く事が可能な家を想定しての表現。

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